僕は早く大きくなりたい。

大きくなったら迷惑をかけないでいい。

そうしたら………。




夢の彼方




小さい頃の夢は早く大きくなること。

そうすれば迷惑をかけないし、生きていける。

小さいと何も出来ない。

だから思ったんだ。

早くーになりたいって。

「良い天気だな」

今日は任務が珍しくない日。

アレンは外を散歩している。

空は晴れ渡っていて空気も澄んでいる。

「折角休みだし修行でもするかなぁ」

教団の外に出る気はないしな。

「アレン君」

「えっ?」

振り向くとすぐそこにリナリーがいた。

「おはようございます」

「おはようアレン君。今日任務は?」

「僕は休みなんです」

「じゃあ今日は神田はいないのね」

「そうらしいですよ」

「ならアレン君今暇なの?」

「はい。一応修行しに行こうと思ってるんですけど…」

「ならちょっと付き合わない?」

「へっ?」













「どうぞ」

「ありがとうございます」

差し出されたのはとても良い香りのするカップ。

中には程よい暖かさの紅茶が入っている。

「折角の休日にごめんね?」

「いいえ、久しぶりにいいかもしれません」

「最近任務続きだったものね」

「はい」

「あっ、クッキー食べる?」

「頂きますっ!」

「はいどうぞ」

アレンの即答にリナリーは少し笑えてきた。

「そういえば神田との任務はどうだった?」

「もうあの人は約束を守る気はないんですかね」

「どういうこと?」

「相変わらず僕のことモヤシだなんだって言うんです」

「相変わらずね」

「全く失礼にも程があります」

「でも神田ってば一番私たちの中じゃ年上なのにそういうところは子供よね」

「あははっ」

それは言えている。

「神田ももう少し協調性があればね」

「そうですよね、でも………」

「でも?」

「あの神田が協調性があったらそれはそれで不気味ですよね」

「確かに…」

「プッ………」

「クッ………」

「あははははははは!」

思わず想像してしまった。

モヤシと言わない神田から始まり睨んでこない神田、優しい言葉をかける神田。

そして重い荷物を持ってあげるとか女性に優しい神田とか。

はっきり言って不気味だ。

そんなの神田じゃない。

っていうか見たくない。

それだったらコムイさんの実験室に潜入した方がマシかもしれない。

暫くそんなこんなで一頻り笑った後、ふいにリナリーが問うてきた。

「そういえばアレン君は大きくなったら何になりたかった?」

「大きくなったら、ですか?」

「そう。子供の頃に夢ってあったでしょう?これになりたいとかあれがしたいとか」

「リナリーは何になりたかったんですか?」

「そうね、私はお嫁さんかな」

「お嫁さん?」

「そう、可愛いお嫁さん。白い家に住んで大好きな旦那さんと可愛い子供と一緒に暮らすの」

「………可愛い夢ですね」

「ありがとう。アレン君は?」

「僕は………」

小さい頃は早く大きくなりたかった。

小さい僕は何にも出来ない。

重い荷物を運ぶことも、働いてマナの助けをすることも。

それがもどかしくて仕方がなかった。

もっと僕が大きければ。

もっと僕がしっかりしていれば。

………もっと僕が大人だったなら。

そうすればマナを助けられるのに。

そうしたら1人でも生きていけるのに。

だから大人になりたかった。

だから大人になろうとした。

「僕は…大人になりたいです」

「なりたいって、それは今も?」

「はい」

「なんで大人になりたいの?」

「………大人になったら何でも出来ると思ったからです」

「何でも?」

「ええ。重い荷物を運ぶことも誰かを助けることも………1人で生きることも」

「そう思った?」

「今でもそう思っています。大人になれば誰かに頼らなくても生きていける。誰かに迷惑をかけなくても生きていける」

「………本当にそう思ってるの?」

「だってそうじゃないですか。少なくとも僕にはそう見えました」

「ねえ、アレン君。子供のままは嫌?」

聞かれた意味が分からなかった。

子供では何も出来ない。

自分はそうじゃない。

そうはなりたくない。

「子供じゃ駄目なんです。大人じゃないと。自分で何でも出来る大人になりたいんです」

「アレン君は大人は何でも出来るって本当にそう思う?」

「どういうことですか?」

「これは私の意見なんだけど大人だって何でも出来る訳じゃないと思うわ。兄さんを見てると思うもの」

「コムイさん?」

「だってそうでしょう?子供みたいに好き勝手出来る訳じゃない。確かに大人は重い物も持てるし何でも出来る様に見える」

「………」

「でも実際それだけじゃないわ。大人になったらそれだけの責任を待たなければならないの」

「それは分かります」

「いくら戻りたいと思ったって子供には戻れないのよ。でも大人にはいつかなれるわ」

「………」

「子供のままではいられないのは皆同じ。嫌でも大人になるわ」

「リナリーは大人になりたくないんですか?」

「なりたいわ。でも急いでなりたいんじゃないの」

「急いで?」

「ただ大人になりたいんじゃないの。子供をしっかりやって、その後に大人になりたいの」

「でも僕は………」

「大人になるだけじゃ子供と何も変わらないわ。色々経験して色々考えて。それでみんな本当に大人になるの」

「でも………」

子供じゃ何も出来ないじゃないか。

大人は何でも出来る様に見えた。

でも違うの?

大人だからって何でも出来る訳じゃないの?

そもそも………大人って何?

「少なくとも私はそう思うわ」

「ねぇ」

「何?」

「リナリーにとっての大人ってなんですか?」

「そうね、昔はアレン君みたいに大人って何でも出来るって思ってたわ。でも今は………」

「今は?」

「大人って、本当の意味での大人はとても少ないと思うの。だから大きいだけの大人の人もいるって思ってるわ」

「………なりたいのは本当の意味での大人ですか?」

「でもね、本当の意味って言ったってそれは所詮私にとっての大人でしかないの。皆にとってはその大人だって子供かもしれない」

「リナリーにとって?」

「そう。だから本当の意味での大人なんて実は誰にも分からないの。だから………」

「だから?」

「アレン君はアレン君にとっての本当の意味での大人になればいいわ。そうすればいつかきっと大人になれると思うわ」

「僕にとっての………」

もしも僕が本当の意味での大人になれたら。

目に映るモノを守りたい。

助けたい。

この手で救いたい。

掴めるだけでもいい。

指から抜けない様にしたい。

こぼれ落ちたモノがないように。

「………そうですね」

出来るかな?

出来たらいいな………。

「なんてちょっと偉そうだったかしら?」

「そんなことないです!」

「クスクス、ありがとう」

「いえ、僕の方こそ」

「でも私はもう少し子供でいたいわ」

「子供で?」

「ええ。だって神田だってラビだってアレン君だって、もちろん私だってまだ子供よ?」

「はい」

「でも子供でいられる内は子供でいたいの。だって勿体ないじゃない」

「勿体ない?」

リナリーはそう言うと微笑んだ。

「そうよ、折角まだ子供なのよ?だったら子供の内に出来ることを出来るだけやりたいの」

「子供の内に………」

「だからアレン君だって無理に大人になろうとしないでいいの。ここではまだ子供でいていいのよ」

頭を撫でられる。

良く昔してもらった。

優しいそれが大好きだった。

「はい」

アレンは素直に頷く。

多分リナリーが言いたかったのはこのこと。

無理して大人になっても本当の大人じゃない。

まだ子供なんだからそれを大事にして欲しい。

今を大事にして欲しいということ。

「僕は………」

本当はすぐにでも大人になりたかった。

でも今は………。

………もう少し子供でいたい。

ねぇ、許してくれるかな?

もう少し大人に甘えてしまうこと。

もう少し皆に頼ってしまうこと。

「僕も………もう少し子供でいたいです」




















早く大人になりたかった。

1人で何でも出来る様になりたかった。

でも………。

もう少しいいですか?

ちゃんといつかは本当の意味での大人になるから。

だからそれまでもう少しだけ。


















僕は子供でいたい。





















私の意見です。 子供と大人の境目って実はとても曖昧です。 でもいくら頑張っても急に大人にはなれません。 だから頑張る。 見つけられたらいいな。