ここは、リゼンブール。

もうすぐここに新しい命が生まれようとしていた…。





おとうと





ある晴れた昼下がり、ここエルリック家では楽しそうな声が、響いていた。

「エド、おいしい?」

「うん!ママのつくったもの、えりょ(エド)だいしゅきっ!」

「まぁ、エドったら。」

おいしそうに食べる息子を見ていると、自分でも嬉しくなる。

不思議な心地よい感覚。

「ごちしょーしゃま!」

「あら、よく食べたわねぇ。じゃあ、おかたづけしましょうか?」

「はーい!」

おかたづけといっても、エドはまだ小さいので、できるのは、ス プーンを片づけるくらいだ。

その時、エドはふとあることに気がついた。

母が立ち上がるときにずいぶんと重そうにするのだ。

そういば、ずいぶんとお腹が大きい。

母のお腹はこんなに大きかっただろうか?

「ねぇママ、ママのおなかはなんでしょんなにおおきいの?」

「えっ?」

息子に思いもよらぬことを聞かれ、思わず止まってしまった。

そういえば、そろそろ臨月が近い。

お腹もだいぶ大きくなってきている。

ロックベルさん家に電話しないとかしら?

「ママ?」

「あ、あぁ、ごめんなさいね、エド。そうねぇ、この中にはね、赤ちゃんがいるのよ。」

「あかちゃん?」

いったんとんでしまった思考を戻して説明する。

きょとんと首をかしげている息子に愛しさを感じてしまう。

「そう、赤ちゃん。この中にはねぇ、エドの弟か、妹がいるのよ。」

「おとうとかいもうと?おとうとかいもうとってなに?」

「んーそうねぇ、弟っていうのは、エドと同じ男の子で、妹っていうのは、ウィンリーちゃんと同じ女の子のことよ。」

「???」

「エドにはまだちょっと難しかったかしら?」

さすがに、まだ一歳ちょっとのエドに赤ん坊のことを理解しろと言う方が無理だろう。

エドは、ん〜?と一生懸命考えている。

「いい、エド?この子が生まれたらね、あなたは『お兄ちゃん』になるのよ。」

「おにいちゃん?おにいちゃんてなぁに?」

「お兄ちゃんていうのはね、自分より小さい子を守ってあげる子のことよ。だからね、エドもこの子を守ってあげてね?」

「うん!いいよ!えりょが守ってあげゆ!」

実際エドには、弟とか妹とか赤ちゃんとか、ましてや守ってあげるなんてなんだかさっぱりわからなかった。

…でも母が、大好きな母があまりにも嬉しそうに、幸せそうに笑うから。

なんだか自分まで嬉しくなって、気がつけばいいよって、そう言っていた。





































それから数日たった日のこと、エドは遊びから帰って来ると、何だか違和感を感じた。

そう、いつもならおかえりと迎えてくれる母が今日は出てこないのだ。

シン、と静まりかえった家の中でエドは急に不安になった。

「ママ?ママどこぉ?」

ガタンッ

急にした音に思わず心臓が飛び跳ねる。

なんだろう?エドは怯えながらも、おそるおおそる音のした方に歩いていった。















だが、そこにあったのはエドの想像したものなどではなく、腹をおさえて苦しげに息をする母の姿だった。

「ママ!」

エドはそぐに母の元に駆け寄った。

「ねえ、ママ!どうしたの?ママ!!」

エドが懸命に話しかけても、母は、苦しげに息をするだけで、何も答えてくれない。

エドは、母がこのまま死んでしまうんではないかと思った。

どうしよう どうしよう どうしよう

ここには自分と母しかいないし、他に頼れる人なんて、ここには






…いない…






どうすればいいのだろう、どうすれば…

っそうだ!エドはあることを思い出した。

次の瞬間エドは、外に向かって走り出した。












































どんっ!どんっ!どんっ!

「はーい、どなたぁー?あなた、悪いけど出てくれる?」

「ああ。はい、どなた、ってエドじゃないか。どうしたんだ?」

「・・・っあ、マぁ、しっ・・・!」

エドは、よっぽど急いできたのだろう。完全に息が上がって、何を言いたいのか全く要領を得ない。

とりあえず落ち着けるのが、先決のようだ。

「エド、ゆっくり息を吐いて。そう、そうだよ。」

なんとか、息を落ちつけることには成功したようだ。

だがエドはそれどころではなかった。

「おいちゃんどうしよう!ママが、ママがっ・・・!」

エドは混乱のあまり、自分でも何を言っているのか、わかっていなっかた。

「エド、エドワード。落ち着いて?何があったのか話してごらん。」

ロックベルの父に優しく言われ、エドは少しだけ落ち着きを取り戻した。

「ママが、ママがしんじゃうよ!!」

「な、なんだって!?どういうことだ!」

「ママがしんじゃうよ!どうしよう!」

エドは声に出して言ったせいで不安が増してしまい、もはやパニック状態である。

「おい!大変だ、母さん!トリシャさんに何かあったらしい!」

「な、なんですって!お、お母さま!」

ここにこれ以上いてもどうにもならない。

エドの混乱から見て、トリシャさんになにかあったのは確実なのだ。

ロックベル父は、とりあえずエドを連れてエドの家に向かった。








































エドの家に入ると、家の中は真っ暗だった。

物音ひとつなく、逆にそれが不安を煽った。

エドは、ロックベル父の腕から抜け出ると、一直線に母の元に向かった。父もそれについて行く。

リビングに入ると、父は眼を疑った。

トリシャは苦しげに息をし、額には、汗がにじんでいる。

「トリシャさん!どうしたんだ!トリシャさん!」

駆け寄ると、彼女の周りには水があった。

まさか・・・っ破水!?

「ト、トリシャさん、まさか産まれるのか!?」

ロックベル父の声にトリシャは苦しそうに、しかし、ゆっくりとだが頷いた。

だが、ここにいるのは医者とはいえ自分は外科医だ。赤ん坊をとりあげたことなんて、あるわけない。

どうしようかと思い始めた矢先に助け船はやってきた。

「まったく、医者がなにやってんだい!まあ、そろそろだとは思ってたけどね。」

「か、母さん!」

先ほどの話が聞こえていたらしく、ピナコは手際よく指示を出し始めた。

「ほら!ボケッとしてんじゃないよ!さっさと支度しな!」

「あ、ああ!」

正直言って情けないが、母が来たことで心底助かった。

自分一人ではきっとまだ困り果てていたことだろう。

出産の準備はすばやく調えられ、ロックベル父は部屋から出た。

そこで、廊下で体を丸めて座っているエドを見つけた。

さっきの慌ただしさですっかり忘れられていたのだ。

薄暗い廊下の中エドは必死で耐えていた。

底知れぬ恐怖とも不安ともつかぬ感情を。

時折部屋の中から聞こえてくる母の苦しそうな声に思わず耳を塞ぎたくなる。

ロックベル父は、優しくエドを抱き寄せた。

少しでもその恐さを和らげてあげられるように。

「エド、ママならきっと大丈夫だよ。エドももうすぐ赤ちゃんに会えるよ。」

「…あかちゃん?じゃあ、ママはしんだりしない?」

「ああ、大丈夫だよ。だけど、ママは今とっても大変なんだ。だから、

…祈ってあげよう?ママと赤ちゃんが元気でありますようにと…。」

「うん!」

エドは、祈った。早く母のあの笑顔が見られるようにと。
























































一体どれくらいの時間が経ったのだろう。

エドにはその時間がずっと続く様に思われた。

一刻も早くこんな時間終わってしまえばいい。

そう思わずにはいられなかった。
















































その時だった。














































































おぎゃぁ!おぎゃぁ!おぎゃぁ!














































































ふと聞こえてきた、聞き慣れない泣き声。

あれは、………だれのこえ?














































































中から声が聞こえてきたのと同時に、少しずつ緊張していたものが抜けていく。












































その頃中では、産まれてきた赤ん坊と母が祝福されていた。

産まれてきた我が子をそっと腕に抱きしめる。

なんだか、エドが産まれてきたときを思い出した。

コンッコンッ

不意に扉から、入室の許可を請う音がした。

「入りな。」

ピナコの声の後、ロックベル父に抱えられたエドが入って来た。

エドは、すぐに腕から抜け出し母の元に駆け寄った。

「エド…。」

まだ不安だったのだろう。

何もしゃべらないエドに母が、いつものようにふわりと笑った瞬間、エドの中の緊張してたものが全部解けた。




















「う、うわあぁぁぁぁぁん!」




















その場でいきおいよく泣き出したエドを、母は優しく抱きしめた。

よく見るとエドの体は傷だらけだった。

エドはロックベル家に行く途中、一生懸命走った為に何度もつまずいた。

それでも母の為にと休まずに走ったのだ。

これにはトリシャの方が泣いた。でも、悲しい涙ではない。

温かい、嬉しい涙だ。




































しばらくしてエドが落ち着いたころ、トリシャは嬉しそうに微笑んで言った。

「エド、あなたに合わせたい子がいるの。」

「あわせたいこ?」

「そう、この子よ…。」

そういって母は、腕の中のたった今産まれたばかりの我が子を見せた。

まだ産まれたばかりの我が子は、母の腕の中で安心している。

エドは母の腕の中の『何か』に興味津々といった感じだ。

「ねえーママ、これなぁに?」

「この子がね、赤ちゃんていうのよ。」

「あかちゃん…?」

「そう、あなたの、この子は男の子だから…、
 あなたの『弟』よ。」

「『おとうと』・・・」

母の腕の中にいる『おとうと』を、今度は確かめるように見る。

その時不意に赤ん坊が、エドの方を向いた気がした。

エドがじっと見つめていると、その『おとうと』が…




















笑ったのだ。

安心した様な顔で…。

その時、エドの中で何かが変わった。




















「ねえ、ママ。このこがえりょのおとうとなりゃ…」

「エドはこの子の『お兄ちゃん』になったのよ。」

「『おにいちゃん』…」

「そう。だからね、エド…」

「守ってあげゆ!えりょが『おとうと』のこと守ってあげゆっ!」

この子が笑った時にどうしてかわからないけど、守らなきゃ、

守ってあげなきゃって思った。

そして




















………守りたいって、そう思ったんだ。




















母は突然のエドの言葉に少し驚いたが、それでも

一生懸命に"守る"と言ってくれたことが、何より嬉しかった。

「そう、それじゃあ…、がんばってね、エドワード『お兄ちゃん』」

「うんっ!」

『お兄ちゃん』って言われたとき、何だか体がくすぐったかった。

だけど全然いやじゃなくて、むしろ…嬉しかったんだ。

「こんにちわ、えりょの『おとうと』!

こりぇかりゃは、えりょが、じゅうっと守ってあげゆかりゃね!!」










ハガレン初小説!
てゆうか、人目にふれる作品がこれが初なのデス。
一応、この時点でエド一歳、アル0歳です。