温もり 4 「陣、話があるっ!」 「………んぁ〜………またかよぉ………」 「いいからこっち来いっ!」 「って、うっわ、焔兄なにその隈っ?!」 「いいから早くしろっ!」 結局昨日はあれからなかなか寝付けなかった。 あの後焔はすぐさま陣を確認した。 ベットで寝ているのは紛れもなく陣本人だった。 焔は考えた。 (あのスピードで歩いてきたんだったら、絶対俺より先にここにいるなんてこと不可能だ。 じゃあ、もしかして気付かれてた?それで走ってここまで? 陣だったら先に着いててもおかしくは………。 いやっ、あり得ない!さっき陣に触ったけど、汗一つかいていなかった。 先に着いて着替えることは出来ても、体の汗はそう簡単にはひかない………。 ましてこの気温でここまで走ることを考えると………。 人間だったら絶対にあり得ない………。 ………やっぱりさっきのは人違い………? いや、それはない。しっかり確認したし、あれはどう見ても陣だった。 じゃあ、一体………? ………〜〜〜っ!!!あー!もー!考えてもわかんねぇーーー!!!) 焔は諦めに似た深いため息を吐いた。 「………明日、直接本人に聞くしかないか………」 いつの間にか焔は寝ていたらしい。 焔は飛び起きて辺りを見回したが、陣はまだ寝ている。 そのあまりの自然さに、焔は一瞬昨夜の事を夢だと思った。 だがそれは一瞬にして掻き消された。 「やっぱり、………夢じゃないんだ………」 焔のパジャマの足の裾がしっかりと砂で汚れていた。 「で、話ってなんなんだよ、焔兄」 「お前…やっぱり昨日どっか行ってただろ」 「はぁ〜?だから俺別にどこにも行ってねぇって」 「俺は見たんだよっ!確かに!この目で!お前が外を歩いているのをっ!!」 「な、んなこと言われても知らねぇってのっ!!」 「とぼけるなよっ!」 「とぼけてなんかねぇっ!焔兄の見間違いかなんかだろ!」 「俺は見間違えてなんていないっ!!」 「絶対見間違いだっ!!」 「ないっ!!!」 「あるっ!!!」 「ないったらないっ!!!」 「あるったらあるったらあるっ!!!」 「ないったらないったらないったらないっ!!!!」 「あるったらあるったらあるったらあるったらあるっーーー!!!!」 「ぜぇ…はぁ……ぜぇ…ぜぇ………」 「ぜぇ……はぁ……はぁ…ぁ………」 「何がなんでも認めない気だな………」 「何がなんでもぜってぇ認めない………」 「俺の言うことが信じられないのかよ………」 「いくら焔兄の言うことでも、信じられねぇ………」 乱れた息も整った頃、急に焔は真剣な表情になった。 「やっぱり………あんな格好を見られたからか………?」 「あんな格好?」 「それで認めないのか、やっぱり………」 「ちょ、ちょっと待てよ焔兄、一体何の話だよ」 「そりゃ、俺も驚いたけどさ、何も隠さなくたっていいだろ?」 「だ〜か〜ら〜!何のことだよっ!」 「………お前が昨日着てた服のことだよ………」 「はぁ〜?服〜?」 「………そう、着てたろ………。………フリフリの………ワンピース………」 「………はぁ?!」 「見ちゃったんだよ、俺………」 「ちょ、ちょちょちょ、ちょっとまてよ焔兄っ!!!なんで俺がんなもの着なきゃならないんだよ?!」 「いいんだ………、俺は反対しないから………」 「するもしないも俺はんな格好した覚えはねぇっ!!!」 「正直に話せよ、な?」 「な?っじゃねぇーーー!!!ってか焔兄落ち着いてくれっーーー!!!!!」 焔は昨日見たことが余程ショックが大きかったのだろう。 話はだんだん逸れていき、会話は意味が通じなくなっていった。 そこへ助け船が現れた。 「お前達、一体何をしているんだ?」 「と、父さんっ!助けてくれよっ!焔兄が変なこと言いだしたっ〜!!!」 「変なこと?」 「なんでもいいから早く助けてくれっ〜!!!」 訳が分からなかったが、取りあえず焔を正気に戻してやる。 「おい、焔、しっかりしろ」 「えっ、あっ、お、お父さん?!」 父に軽く二、三度たたかれて、ようやく焔は正気を取り戻した。 「た、助かった〜………」 陣は焔に解放されたことにより、気が抜けて座り込んでしまった。 それ程までに先程の焔は鬼気迫る感じがしたのだ。 「で、一体何があったんだ?」 取りあえず、あの後朝食を摂り、その後で父に呼び出された。 そのため、今はここ、父達の部屋に居る。 「何があったのか、俺が聞きたいくらいだよ。焔兄がいきなり訳わかんない事言い出して………」 「焔、一体何があったんだ」 「………実は、…その…、昨日の夜陣がまたいなくなってて………」 「また?またということは前にもあったのか?」 「うん、ここに来た最初の日の夜………。それで、最初は俺の見間違いかもしれないって思ったんだ。 けど、昨日の夜もまたいなくなってて、それで外見たら陣みたいな人影が見えたんだ。 もしかしたらって思って、そいつの後つけたんだ。 初めのうちは全然顔とか見えなくて、確かめようと思ったら急に月が出てきたんだ。 そしたら、………やっぱり陣だったんだ………顔は………」 「顔は?どういうことだ?」 「顔が見えた時に、他のとこも見えたんだ………。 そ、それで、服も見えたんだ………」 「服が陣の物ではなかった、と?」 「………うん………。そいつは………フリフリの………ワンピース………着てたんだ………」 一瞬場の空気が固まった気がした。 いや、気のせいではないだろう。 さすがの父も少しの間止まっていた。 だが、すぐに気を取り直し、今度は陣に問いかける。 「ゴホンッ、あー、陣、今のは本当か?」 「ホントもなにも、俺全っ然覚えがねぇよ」 「じゃあ、その、女装してはいないと言うんだな?」 「当ったり前だってっ!俺んなことしてねぇよっ!!シンタローじゃあるまいし………」 「そ、そうだよなぁっ!!シンタローさんじゃないしなっ!!!」 「焔兄………、俺のことなんだと思ってたんだよ………」 「あ、あははっ………、てっきりシンタローさんに感化されたのかと思った………」 「されるかぁーーー!!!」 「ゴホンッ!」 ピタッ、二人はついいつもの癖で姿勢を正してしまう。 「それで焔、他にその陣らしき人物に変わったところはあったのか?」 「えっ、う〜んと………、あっ!あったっ!!」 「まだあんのかよ………」 「そいつの髪の毛、色はたぶん一緒なんだけど、長さが違ったんだ………。 確か…、腰の辺りまである長い髪だったっ!」 「髪ィ〜?それってカツラってことか?」 「分からない………。お父さんどう思う?」 「………父さん?」 父は何かを考え込んでいる様だ。 ふと、父が顔を上げた。 「………陣、ちょっとこっちに来なさい」 「えっ、あっ、うん………?」 陣は言われた通り父の前に座った。 父は陣の頭に手をのせると目を瞑ってなにかをしだした。 陣は何となく緊張して、ドキドキしていた。 しばらくして父が目を開けると、出てきたのは衝撃的な言葉だった。 「陣は何者かに取り憑かれているようだな」 「………」 「ええええええええっっっーーー!!!!!!!!!!!」 二人はなにを言われているのか一瞬分からなかった。 だが理解した瞬間、出せた言葉は驚愕の悲鳴にも似た叫びだけだった。 「と、父さんどういうこと?!陣が取り憑かれてるって?!」 最初に口を開ける状態に戻ったのは焔だった。 その質問に父は平然と答える。 「朝から気配はしていたんだが、何処にいるのか分からなくてな。 それでここに来た途端、その気配が強くなった。 そして、焔のあの話。 もしかしたら、と思ったら、やはり思った通りだった」 「えっと、…つまり、その、俺が見た陣っていうのは………」 「そうだ、陣に取り憑いている何者かが、夜、陣の体を使っていた、 それを偶然焔が見た、というわけだな」 「じゃあ、俺が女の格好してたってのも………」 「それもたぶん霊の仕業だろう、あと髪の長さも、たぶんな」 「よ、よかったぁ〜!!!」 「俺は良くないっ!!!」 焔は弟が女装していた訳ではないことを知り安堵のため息を吐いた。 だが逆に陣は怒り出した。 それはそうだろう。先程までは絶対に自分ではないと信じていたのに、 父の言葉で女装をしていたことが確実な真実になってしまったのだ。 たとえ、いくら自分の意識のない時とはいえ、男の自分が女装させられていたのだ。 これが納得できる筈はない。 「落ちつけ陣。ところでここに来て何か変わったことはないか?」 「………変わった事って?」 「例えば、誰か知らない人を見たとか、そんな感じのことだよ」 「ぅ〜ん、………あっ!」 「何かあるのか?」 「俺、こっちに来てから毎日同じ人見てる………」 「それはどこで?」 「えっと………、夢の中………」 「どんな人なんだっ?」 「えっ、ぇ〜っと、………女の人で………髪が長くて………、 あっ、そうだっ!名前言ってたっ!!」 「その人の名は?」 「えっと、確か………」 『………みどり………』