誰もこの手を掴んではくれなかった………









温もり







「おーい、焔兄ー!これどこ持ってけばいいんだー?」

「それは車のトランクー!」

「わかったー!」

ここは等軍家の玄関先。

ただ今、世間は夏休みの真っ最中。

それはこことて例外ではなく。

ではなぜこんなにもドタバタしているのかというと…。

「おーい!焔ー!陣ー!ひっさしぶりー!!」

「あっー!狂ー!おっせぞーお前ー!」

「わはは、時間通りだぜー!」

「嘘つけよー!あはは!」

「焔、お久しぶりやな」

「うん、久しぶり、杏姉」

「ますます男前にならはったな」

「杏姉、会うたびそればっか………」

「なぁ、焔兄、これで全員か?」

「えぇ…っと、何か、忘れてるような………?」

「お久しぶりです…」

「って、わっー!!!」

「あの、そんなに驚かなくても………」

「ご、ごめんなさい、響さんっ!」

「と、とりあえずこれで揃ったよなっ?」

「あ、ああ。お父さん、お母さん!狂君達来たよー!」」

今回、鳥羽の兄妹達も誘って等軍一家総出で旅行に出かけるのだ。

行き先はとある山奥のペンション。

そこを一軒借りて泊まりに行くのだ。

この旅行に出かけられたのにはいくつか訳がある。

一つは、人気作家である母・紅音が珍しく修羅場っていないこと。

しばらくお休みが貰えたらしく、頗る上機嫌である。

もう一つは、父・秀明にも仕事がなく、余裕があること。

そしてこれが一番の理由だが、夏休み陣がどこかに出かけたいとダダをこねて、

普段のご褒美ということで今回の旅行が決まったのだ。

「おじ様、お久しぶりです。この度は誘って頂き有難うございます」

「あぁ、杏、久しぶりだね。今回のことはね、陣達が言い出したんだよ。まぁ、充分に楽しみなさい」

「はい」

「なぁ、早く行こうぜ!」

「あぁ、そうだな。じゃあ、行くぞ」

「おー!」

こうして一家はペンションに向かって出発した。

これから起こることも知らずに………。































行きの車の中はまさに宴会場状態だった。

主に陣と狂が車の中だというのもお構いなしに騒ぎまくった挙げ句、

母にちょっと静かにしなさいと怒られたが聞かず、

終いには焔と杏にゲンコで殴られたのであった。

そんな状態がしばらく続いたが、最初こそ騒いでたものの疲れたのか、

陣と狂は眠ってしまった。

やっと静かになってほっとしたのか、いつしか焔と杏も眠ってしまっていた。

結局、ずっと起きていたのは父、母、それに響だけであった。








































「わぁ、すっげー!!!」

目的地に着いた頃には、ちょうどお昼過ぎぐらいだった。

そこは自然に囲まれていてとても空気が澄んでいる。

「母さん、俺ここら辺ちょっと見てくるー!」

「あっ、陣、俺も行くー!」

「いいけど、もうすぐお昼よー」

「それまでには帰って来るからー!」

「こらー!陣っ!お前荷物降ろすの手伝えよ!」

「げっ!お、俺パスー!」

「こらっ!陣ー!!!」

半ば逃げるように、陣達は早速探検に出かけてしまった。

「ったく、陣のやつっ」

と、急に焔の持っていた荷物が軽くなった。

「えっ?」

見上げるとそこにいたのは父だった。

「焔、ここはいいから陣達を見てきてくれないか?」

「えっ、でも…」

「あの二人だけで知らない所をウロウロさせると危なくてしょうがないからな」

「あっ、う、うん!」

焔は別に遊びたくなかった訳じゃない。

綺麗なところだから見て回りたいのだって嘘じゃない。

ただ、荷物降ろしを他の人に任せて自分だけ行くのも何となく気がひけたから。

だから実はちょっと嬉しかったりするのだ。

「焔っ!うちも行くわ」

「杏姉?」

「焔一人であんの馬鹿を引っ張ってくるのは無理やろし」

「た、確かに…」

「というわけなんですが、おじ様…」

「あぁ、いいよ。行っておいで」

「はい!」

こうして焔と杏は二人の後を追いかけていった。






























その頃陣と狂は山の中で何故か鬼ごっこを始めていた。

最初は遊びのはずだったのだが、やってるうちにムキになってしまい、

今ではすっかり本気で逃げている状態だ。

しかし山の中のため逃げるのは楽でも、見つけるのは一苦労だ。

「陣ー!どこ行ったー!!」

「言われて返事するやつがいるかってーの」

今は陣が逃げて隠れているところだ。

「にしても、こんなとこに川があるとはな〜」

陣が隠れた所からちょうど向こう側に川が見えた。

それは澄んでいてとても綺麗だった。































   ………て………































「えっ?」

不意にどこかから声が聞こえた。




































   …す………けて………





































「誰かいんのか?」

辺りを見回してみるが人影らしきものさえ見あたらない。

「………?気のせいか?」

「陣!見つけたぞっ!!!」

「げっ、狂っ!!!」

「とうとう見つけたぜ!覚悟しろ〜」

「へっ!そう簡単に捕まるかよっ!!」

「待てこのやろっー!!!」

「待てるかよっ!」

陣は少し不思議に思ったが、たいして気には留めず、

遊んでる内にすっかり忘れていった。
































あの後二人は焔達に見つかり、さらにその二人も巻き込んで遊び回った。

しばらくしてお昼ご飯の時間になり、ペンションに戻った。

陣達はまだまだ余裕そうだったが、

焔達は二人に振り回されてクタクタになっていた。

「焔兄だらしねぇなー」

「誰のせいだ、誰の!だいたいお前達が変なとこにばっか行くのがいけないんだろっ!」

「杏姉、もう疲れたのか?」

「誰のせいや思っとんねん」

「っえー、しっらなーい。あっ、もしかして杏姉ってばもうそんなに年なのかぁ〜?」

「だ・れ・が年やってっー!しばくでっ!!」

「もうやってるじゃんかぁー」

杏は狂の発言にお約束のグーがとんだ。

すると、ふといきなり陣が思い出したように言いだした。

「あっ、なぁ父さんこの辺ってさ、他にも遊びに来てるやつとかっているのか?」

「この辺りにか?さぁ、聞いてみないと分からないが…、どうしてだ?」

「いや、さっきさ、声みたいなのが聞こえた気がして…」

「声?」

「うん。まぁ、でも分からないならいいや。

 あっ、そうだ俺そこで川見つけたんだぜ!あとで行こうぜっ!」

「あっ、俺行くー!」

「う〜ん、川かぁ。…俺も行くよ」

「うちも行くで」

「僕も行こうかな」

「じゃあ、あんた達全員行ってくるのね?」

「気を付けて行ってこいよ」

「はーい!」

































結局あの後子供達全員で川へ行って遊びまくった。

そのため夜には皆疲れきっていて、夕飯の後はすぐに眠りについた。

子供達は大部屋で寝ることになった。






































   …ひっく……ひっ…っく………

   


   誰だ?

   


   ………ひっ………ひっく………





   ………泣いてる………?
















陣は気がつくと暗闇の中にいた。

どこからか泣いている声が聞こえる。

探そうと辺りを見回すと、ふっと一部分だけ灯りが灯った。

急いでそこへ駆け寄ってみる。

そこには少女がいた。

俯いているので顔ははっきりとは分からない。





























   なぁ、お前………誰だ………?







   ………私は………














































   ………みどり………










































「ぅ…ん………」

夜中、焔は急に眼が覚めてしまった。

ふと時計を見ると時刻は夜中の3時を指していた。

「変な時間に眼が覚めちゃったな…」

まだ寝ぼけているのか視点が定まっていない。

なんとなく部屋の中を見渡してみて違和感を感じた。

「あれ…?陣………?」

そこには隣で寝ているはずの陣の姿はなかった………。