温もり 3 「俺…寝惚けてない………よな…?」 焔は自分の頬をつねってみたり、叩いてみたりした。 夢かもしれない、その可能性を確かめるために。 「いて………」 痛い、やっぱり夢でも自分が寝惚けてるわけでもなさそうだ。 時刻は午前2時。 生き物は深い眠りについている時刻。 子供なら尚のこと、起きる、ましてやどこかへ行くなど考えられない時間だ。 だが、………現に陣はいない………。 焔は辺りを見回した。 誰かのベットに潜り込んでるわけではない。 水を飲みに起きた…わけでもなさそうだ。 ふと窓の外を見てみる。 「………!!!」 焔は声もなく驚いた。 なぜなら外には陣らしき人影が見えたから………。 思わず窓に駆け寄る。 陣らしき人影は山の方へ進んでいく。 焔は急いで後を追いかけた。 格好はもちろんパジャマのままだ。 靴だけ履いて外に飛び出した。 少ししたところで人影に追いついた。 だが、それが陣だという確証はない。 仕方なく少し後をつける様な格好で追いかけていった。 「………」 人影からは不気味なほどなんの音も聞こえてこない。 こんな山の中だというのに、………足音さえしない。 焔は段々と不気味になってきた。 (なんで足音が聞こえないんだ?砂とか砂利とかこんなにあるのに…) おかしい………、その思いは段々と大きくなる。 陣だったら足音を立てないで歩くなんてまず無理だ。 (いつももう少し静かにしろと思うくらいドタドタとうるさいのに…) そういえば、あの人影は今まで一言も…というか一音も発していない………。 だが確かめることが出来ない。 暗くて辺りがよく見えないのだ。 ここまで追いかけてきたのだって、ふと見えた人影が何となく陣っぽかったから…。 (これで人違いだったら俺って馬鹿だよな………) その時、フッと雲間から月が覗いた。 月明かりで人影は認識できる人に変わった。 ここぞとばかりに焔はその人をしっかりと見た。 「………?!」 焔は驚くほかなかった。 なぜならその人の格好は陣のものではなかったからだ。 だがそれだけなら別にさほど驚くことではない。 それだけなら………。 焔が言葉を無くすほどに驚いた訳、それは……… 「な、なんで女の子の格好してんだ………?!」 そう、陣と思っていた人の格好は、薄ピンクを基調として 袖は可愛らしくフワッとふくらんでいて、袖口で締まっている。 袖口やスカートの裾にはフリルが付いていて可愛さを強調している。 そしてスカートはふわりと柔らかそうで、全体的に可愛さを主張しつつも上品な感じの服だったのだ。 一見すれば可愛い女の子、いや、どこかのお嬢様といった感じだ。 焔は一瞬人違いかとも思った。 しかしよく見ても、 「顔は………陣………だよな………、どう…見ても………」 見間違うはずもなくそこにいるのは陣のはずだ。 そう、………格好を除けば………。 焔はよく考えてみた。 (あれは間違いなく陣だ。………格好以外は………。 よく見ても………そう、だよなぁ………? じゃあ、あの格好は………? あれって………女装………だよなぁ………、どう見ても………。 陣ってあんな趣味はなかったはずだ。 いや、あって欲しくない………。 ってか、陣はあんな服持ってる訳ないし………。 まして持ってきてるはずなんて………。 昨日までは、服装…普通………だったよな………? 今まであんな格好の陣見たことないし………。 あるのは、シンタローさんのみだし………。 ………ってまさか………?! い、いやいやそんなことあるわけ………! で、でも毎日あんな格好の男の人がそばにいたら………? か、考えたくない………! け、けど、もしかして、万が一、可能性として…! ………じ、陣がシンタローさんに感化されてしまったとしたら………?! ………あ、ありえなくは………ない………? あー!もう!だからあれは陣の情操教育に良くないと言ったんだ!!! 無理にでも止めさせるべきだったんだっ!!! ………俺は女装癖のある弟は欲しくない………。 で、でも、陣がもし本気だったら………? ここは兄として理解を示してやるべきか…? それとも兄として正しい道に連れ戻すべきか…? い、いや、でも何が正しいかなんてその人が決めることだし………。 だぁーーーーー!!もーーーーーーーっ!!! どうすりゃいいんだぁーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!) 焔が段々逸れた方向に考え出した頃、 気が付くと、陣らしき人はどんどん歩いて行ってしまっていっている。 焔はハッと我に返り、陣らしき人を急いで追いかけた。 (そうだっ、こんなとこで考えてたって仕様がない! 取りあえず聞いてみよう! 考えるのはそれからだっ!) ふともう一度よく見て気付いた。 (あれ?陣の髪………) そう、さっきは格好の方ばかり気にして気付かなかったが、 もうひとついつもの陣と違う点があった。 それは、………髪の毛………。 いつもの長さではない。 腰の辺りまで髪の毛が伸びていたのだ。 (あれって…カツラ…?でも荷物にも、どこにもあんな物入って無かったし…) その時フッと夜風が吹いた。 サラサラのロングヘアーが風になびいてふわりと揺れる。 焔は思わずじっと見てしまった。 (あれ…、………本当に陣………?) 焔は一瞬意識を目の前の人物から外した。 もう一度前を見た時、焔は我が目を疑った。 なぜなら………消えていたのだ、………あの人物が………。 たった一瞬、ほんの少しその人物から目を、意識を離した隙に………。 「………っ!」 焔は飛び出していった。 その人物のいた所へ………。 (あんな一瞬の内にいなくなるなんて…! でも、まだそう遠くへは………!) 辺りを見回すとそこには誰もいなかった。 あるのは前にも後ろにも山道だけ………。 当然、いるはずの人物さえ………どこにもいなかった………。 「う、うそっ………」 相手は人間、こんな短時間でここからいなくなる… まして消えるなんてこと………あるはずなかった………。 「い、一体どこにっ………!」 辺りを見回してもどこにもいない………。 樹が鬱そうと生い茂るだけで人影なんてどこにもなかった。 「………あっ………!」 焔はいきなり走り出した。 (もしかしたら、戻ったのかもっ………!) いないということは戻っているという可能性もある。 そう考えて焔はほぼ全力疾走でペンションまで走った。 (このスピードなら絶対に前にいても追いつけるはずっ…!) あの様子からして気付かれた………ということはないだろう。 だったら、帰りも来たときと同じスピードのはずだ。 「っはぁ…はぁ……はぁ………っ………」 ペンションに着いた頃には息もかなり乱れていた。 しかし、…帰る途中にもあの人物を一度も見なかった…。 ここまで全速力で走ってきたのだ。 相手が先に着いているということはまず無い。 ならば陣はまだ帰っては来ていないはずだ。 焔はそう思い、自分たちの部屋のドアを開けた。 その瞬間、焔は背筋が凍り付く様な思いをした。 「うそだろ………?」 そこには、陣が何事も無かったかのように眠っていた………。