好きと愛してるの境界線。 どこからどこまで好きで良い? どこからどこまで愛してる? きっとそんなの決まってない。 たったひとつのアイシテル 僕にだってそれ位分かってる。 この状況でその言葉の意味くらい………。 マシェルは部屋の中で立っていた。 いや、立っていると言うよりは立たされている。 むしろ部屋の隅まで追いやられていると言っても良い。 向かいにいるのは冬の精霊のカシだ。 この状況を子竜達が見たら勝負を挑みに来たように見えるかもしれない。 だがそうではない。 ある意味マシェルにとっては勝負を挑まれに来られた方が良かったかも知れない。 だってそれはいつものことだから。 そうしてこの状況を打開できるであろう子竜達は今遊びに行ってしまっている。 まだ当分は帰ってなどこないだろう。 ど、どうしようっ………。 カシ凄く真剣だし、きっと誤魔化されてなんかくれない。 ううん、誤魔化したらきっとダメだ。 でもでもどうしたらっ………。 なんでこんな事になっているのかというと話は数十分前に遡る。 「僕が呼ぶまで遊んできて良いよ」 『はーい』 マシェルと子竜達は久々に森の外まで来ていた。 このところの雨が嘘の様に良い天気だ。 今日は外でおやつを食べよう。 そう言ったら子竜達はとても嬉しそうで。 あれがいい、これがいい、と好きなものをいっぱいバスケットに詰め込んだ。 そうしていつもよりもちょっと遠出して反対側の森の外までピクニックに出かけた。 今日は夕方までここにいることになるだろう。 子竜達は森でかくれんぼの最中のようだ。 あぁ、鬼はカータなんだ。 そういえばハータは誰かといるのかな? 一人で迷っちゃわないと良いんだけど………。 あっ、サータってばあんな木の上にっ。 下でアータがビックリしちゃってるよ。 マータってばお花に集中しててかくれんぼしてること忘れてるみたい。 タータはどこだろう? いたいた、タータがハータといてくれてたんだね。 「ナータはやらなくていいの?」 『いい………』 「そう?」 相変わらずナータだけはおやつの準備をしているマシェルの横を離れない。 いつものことなのでマシェルも気にしない。 だってその内サータあたりが誘いに来るから。 そうしたら案外お兄ちゃんなナータは断れない。 一緒に遊ばなくても皆の輪の中にしっかりといる。 それが最近の子竜達だ。 「あれ?」 『どうした………』 「うん………」 タオルがない。 入れたと思ったんだけど………。 「タオルを置いて来ちゃったみたいなんだ。取ってくるね」 『タオルくらい………』 「皆綺麗にしてから食べないと。大丈夫、すぐ戻ってくるよ」 だからナータ、皆を見ていて貰える? そう言えばナータはコクリと頷いた。 「ありがとう。じゃあちょっと行ってくるね」 ここからならそんなにしないで帰ってこれるだろう。 風竜術使うっていうのも考えたけど折角遊んでるサータに付き合って貰うのも可哀想だしね。 そんなこんなでマシェルは家までゆっくりと歩いていった。 これから何が起こるかも知らずに。 「あれ、カシ?」 人影が見えると思ったらそれはカシだった。 また勝負にでも来たのだろうか? でもそれにしては様子が変な気がする。 どこが変かなんて分からないけど。 「カシッ」 「ああ」 「どうしたの?なにかご用?」 「いや、用っつーかなんつーか………」 「………?」 今ひとつはっきりしない。 こんなカシも珍しい。 いつもなら勝負しろ、勝負しろ、としつこいくらいに言ってくるくせに。 「取りあえず入らない?」 「あ、あぁ」 そう促して家の中に入る。 まだお昼前だし子竜達もしばらくは遊んでいるだろう。 少しくらいお茶していても大丈夫かな。 「カシ、取りあえず座って。今お茶入れるから」 「………チビ達は?」 「子竜達なら向こうの森の方で遊んでるよ」 「付いてなくて良いのか?」 「うん、ちょっとなら。タオル取りに来たんだよ本当は」 「今、ちょっと良いか………?」 「別に良いけど………。どうしたのカシ?」 その言葉に返事はなかった。 なんか変だ。 どうしたんだろうカシってば。 取りあえずお茶を入れてカシの前に置く。 それに短く礼を述べるとまた黙り込んでしまう。 「今日はどうしたの。フルーおばあさんから頼まれごと?」 「いや………」 「………じゃあまた勝負しに来たの?」 「いや………」 「カシ………?」 「………」 ………本当に変だ。 何が言いたいのか、何がしたいのかさっぱり分からない。 妙な沈黙があたりを支配する。 本当にどうしちゃったのカシッ! ふとその時マシェルは思い至った。 もしかして………。 ガタッと音がしたかと思うと徐にマシェルはカシに近づいていった。 そして。 「なっ………?!」 コツン。 母が小さい子の熱を測るようなその行動。 ち、近いっ………! 「あれ、熱はないね」 「な、ななななな何してっ」 「何って様子がおかしいから熱でもあるのかなって。カシ?」 この天然無自覚ボケ術師ッ! それが18の男のすることかっ?! でもその行動があまりにもはまりすぎて、そして似合いすぎて逆に怖い。 そう、カシがおかしかったのは熱があったからではない。 この間気付いてしまったある想いを確かめにきたのだ。 だからって言えるかっ! 好き………だなんてそんなこと。 初めは気のせいだと思った。 こんな子竜馬鹿の人間に惚れるだなんてこと。 でも気付けば視線はこいつを追っていて。 ことあるごとに関わっていた。 それから、それから、なんて思い起こせば色々あるけど。 やっと好きなんじゃないかと気付いたのがこの間。 子竜に笑いかけているのを見てとても可愛く思えた。 そしてそれを向けて欲しいとも………。 だからこそ確かめに来たのだ。 もしかしたらこの間のはただの錯覚で今見たらなんでもないんじゃないかって。 だが………。 ここに来て、会って気付いてしまった。 あぁ、この間のは錯覚なんかじゃないって。 やっぱり好きなんだって。 ………なのに。 こいつは人の気も知らないでニコニコニコニコ。 挙げ句にドアップなんて殺す気かっ! となかば八つ当たりなことを考えている内にもマシェルは原因を探ろうとしいていた。 もちろんカシの考えている事など知るよしもないのでマシェルは子竜達にするのと同じように接していた。 「うーん、熱はないし、どこも平気そうだし」 ペタペタ、ペタペタ。 触ってくる温度は暖かくて心地良い。 抱きしめたくなる衝動をどうにかして抑える。 抑えているのに………。 「………シ、カシ、カシってば!」 「おぉわっ」 「もう、本当にどうしたの?カシなんかおかしいよ」 カシ? その視線が。 カシ? その音が。 カシ? ………お前が。 愛おしくて、独り占めにしたくて。 気が付けば抱きしめていた。 ガシャン。 カップが割れた音がする。 どこか遠いところでそれを聞いている感覚に捕らわれる。 この温もりを。 ………こいつを離したくない。 どの位そうしていただろう。 「………カシ?」 抱きしめていた中で呟く音。 その時にハッとした。 衝動に駆られて思わず抱きしめてしまった。 今更ながらにどうしようかと回り出す。 普通こういうのは想いを伝えてからすることだろう。 では………。 いっそこのまま想いを伝えてみるか………? 「どうしたの?」 見上げてくるその視線は常と違う彼を心配しているもの。 危機感など微塵も抱いていない。 それはそうだろう。 マシェルは相当鈍い。 色恋の事などお子様と言ってもいいだろう。 しかもカシは男だ。 男からの告白なんてされるとは思ってもいないだろう。 ではこれは冗談で誤魔化していつもみたいに戻るか? そうすれば、何事もなかったみたいにまた傍にいられるだろう。 でも………。 「カシ?」 見上げてくるマシェルが愛おしくて。 きっとこの気持ちを誤魔化したりなんて出来やしない。 一度強く抱きしめると意を決してカシは言った。 「お前が好きだ」 「えっ………?」 聞き間違いだと思った。 カシはなんて言った? 好きって………言った? 「………それは、友達として、だよね?」 だってそうじゃなきゃおかしいでしょう? 好きっていうのは男の人と女の人の間で言うことで。 僕達みたいな男同士では使わない………はずだよね。 だってそんなの聞いたことない。 だってそんなの見たことない。 「カシ………?」 「………友達としてじゃない」 ドキン ドキン 「俺が言ってるのは………」 ドキン ドキン 「恋愛の好きだ………」 「………っ!」 痛いほどの真剣さが伝わってくる。 思わず数歩後ずさりしていた。 だって………。 おかしいじゃないか。 変じゃないか。 今の告白が………嬉しい………だなんて………。 普通だったら思わないでしょう? 気持ち悪いとか、友達なのに、って思うでしょう? マシェルは思わず俯いた。 さっき抱きしめられた時だって、嫌じゃなかった。 ………嫌じゃなかったんだ。 それどころかもっとこのままでいたいと思った。 どうして? 自分の気持ちが分からないよ………。 「………マシェル」 「………ッ!」 名前を呼ぶ、その音が、見つめてくる視線が。 痛いほどに伝わる気持ちが。 ………どうしようもなく嬉しくて。 この気持ちはなんて言うんだろう。 この想いを………なんて呼べばいいのだろう。 どちらとも黙ったまま沈黙だけが部屋を埋め尽くす。 いっそここから逃げたくなるような静寂。 先に沈黙を破ったのはカシだった。 「………ワリィ。気持ち悪いならこのまま忘れてくれ」 そういって部屋を出て行こうとする。 一瞬見えた辛そうで悲しそうなその。 「………待って!」 耐えきれなくて叫んだ。 俯いたまま気持ちはグチャグチャで。 でもあのままカシが行ってしまうのが嫌で。 このままどこかへ消えてしまいそうで怖くて。 気付いたら叫んでいた。 「待って………」 何を言うかなんて、何が言えるかなんて分からなかった。 でも。 「………嫌じゃ………なかっった」 「え………」 「嫌じゃっ、なかったんだっ………!」 抱きしめられてもっと抱きしめて欲しいって思ったのも。 好きって言われてどうしようもなく嬉しかったのも。 みんなみんな僕の本当の気持ち。 ………あぁ、そうか。 この気持ちを『好き』っていうんだ。 そう思ったら途端に色々な事が納得出来た。 抱きしめられてもっと抱きしめて欲しいって思うのも。 好きの言葉がこんなに嬉しいのも。 もっと見ていたいと思うのも。 もっと名前を呼んで欲しいと思うのも。 みんなみんな、好きだったからなんだ………。 理解した途端今度はとても恥ずかしくなった。 だって。 人を好きになったのも、好きって言われたのも初めてなんだ。 こういう時ってどうすばいいんだろう。 「………マシェル?」 「ッ………」 俯いたまま何も言わなくなったマシェルが心配になったのかどんどんカシが近づいてくる。 そうして上を向かせてみて驚いた。 何せ今まで見たことがないくらいに真っ赤になっていたのだから。 このまま湯気でもでそうである。 「マシェル?」 「〜〜〜〜っ!」 言葉を話そうにもパクパクとしか音はでなくて。 これでは何が言いたいのかさっぱり分からない。 「マシェル、ゆっくりでいいから」 そう言って撫でてくれる。 あぁ、やっぱり好き、なんだ。 さり気なく優しいところとか、思いやってくれるところとか。 マシェルはゆっくりカシから離れると視線を合わせて意を決して言った。 「僕も好き………です」 その言葉で確かに空気が止まった。 「………友達としての好きじゃないぞ」 「………それくらい分かってる」 一歩。 「俺が言ってるのは」 「恋愛の………好き、でしょ」 また一歩。 「俺と、同じ気持ちだって、思っていいんだよな………?」 「僕だって好きの区別くらい、ちゃんとつくよ………多分」 そうして今度は抱き合った。 「多分じゃダメだろ」 「だってぇ………」 カシは嬉しさのあまり笑いが滲んでいる。 マシェルも恥ずかしさの混じった微笑みを浮かべた。 気が付けば二人してクスクス笑い合っていた。 さっきまでの空間が嘘の様だ。 暫く嬉しさとおかしさで笑い合っていたが急にカシが呟いた。 「そういえば好きの上はなんだか知ってるか?」 「好きの上?大好きとか?」 「違う違う、もっともっと上だよ」 「えぇ、大好きの上?」 抱き合ったままでお互いの視線は合わずとも笑っているのが分かる。 「うぅん、分かんないっ」 「本当に?」 「本当に。ねぇ、カシなんなの?」 「じゃあ教えてやるよ。俺はお前を………」 『愛してる』 「ッ………!」 そうそっと囁かれて先ほどよりも真っ赤になる。 「お前は………?」 「っわ、分かんないよっ………まだ」 「真っ赤だぜ?」 「うぅっ………」 だってしょうがないじゃないか。 あんなこと言われたら誰だって真っ赤になるよっ! それにあんな囁かれたらっ………。 すっごいドキドキいってる。 このままだったらいつかドキドキしすぎて壊れちゃうよっ………。 でも………。 これだけは言えるよ。 「僕は」 これからどんなに好きが出来ても。 これからどんなことがあっても。 きっと。 愛してるになれるのは君だけ。 きっと特別。 たったひとつの愛シテル。
私本当に楽しかったです。 すっごいノリノリでやりましたっ。 コーセルテルでこういうの書くのどうしようかと思ったんです。 でもまぁ良いかなって。 マシェルが乙女です。 カシはこんなにキザかな。 でもカシ×マシェル大好きです。 あんなにほのぼのなのにこんなのが思いつくのってどうだろう。 とか思ったけどちょっと開き直ることにした。 まぁいっか。 マシェルはこういうのに鈍いからこそマシェルだよね。 楽しかったっ。