My brother 「ごめんください」 「はい」 日曜のゆっくりとした10時頃、訪ねてきたのはとても見知った人達だった。 「皆して何か用か?」 「あれ?聞いてないんですか?」 「何が?」 「おっかしいなぁ」 「おい、雨丸」 「はい」 「一体何か用事があって来たんじゃないのか?」 「俺達が用事っていうか、呼ばれてきたんですが…」 「誰に?」 「誰って…」 「雨丸ッーv」 と、その時会話を遮ったのはこれまたよく見知った人で。 「姉さん」 「あっ、こんにちわ。京華さん」 「よく来てくれたわね!さっ、上がって上がって!」 「ちょっ…」 「はい、じゃあお邪魔します」 「まっ…」 「邪魔するぞ」 「えっ…」 「お邪魔ー」 「おい…」 「邪魔する」 「だからまっ…」 見事京平の言葉は綺麗に無視され、特殊部交通課の面々はあまり遠慮なく家の中に入っていく。 「一体何なんだ…」 玄関には現状が全く飲み込めていない京平が残された。 「で?」 「どうしたの、京君?」 「どうしたのじゃなくて。これはどういうこと、姉さん?」 「だから見ての通りよ?」 「見て分からないから聞いてるんだけど?」 「だから見ての通り、大掃除、よ?」 京華の言葉に部屋の中を見回せば、雨丸は掃除機、班長は荷物整理、寿はゴミ出し、東はハタキがけをしていた。 確かに見たとおり大掃除に来たのだろう。 だが京平が聞きたいのはそんなことでは当然なく。 「だから、俺が聞きたいのは何をしているかじゃなくて、なんで皆が俺の家に来て大掃除をしているのかってことなんだけど」 「やだ、京君たら。それならそうと早くいってくれればいいのに」 「……。何でもいいから早く説明して」 「んー、簡単に言っちゃえば掃除したかったから、かしら?」 「…………」 もはや突っ込む気力さえ京平には残っていない。 「俺は暇だったんでちょうど良かったですよ」 雨丸は途中から話を聞いていたのか笑いながら言ってくる。 どこまで彼はお人好しなんだろう。 「俺は雨丸1人じゃ掃除も進まねえだろうと思ってな」 班長の理由はどこか保護者的。でも彼の方が年下のはずだ。 「私は雨丸が来るって言っていたから来た」 寿の理由はなんともまあ彼女らしいものだ。 「俺も暇だったからなんとなく?」 いや、この男の場合何か楽しそうなことがあると思ったから来たのだ。 なんとなくで休日を潰す程こいつは慈善的なやつじゃない。 「まあ細かいことはいいじゃない!さっ、京君も皆に任せっきりじゃ駄目よ!」 京華の合図で皆各自の持ち場に戻る。 京平ももう何も言う気も失せたので大人しく京華に従うことにした。 「んー、取りあえずこんなものかしらね」 京華は辺りを見回してみる。 するともともとそんなに汚れていた訳ではないし、簡素な部屋だったので結構すぐに綺麗になった。 「皆ご苦労様!とっても綺麗になったわ!」 「悪かったな、折角の休日に手伝わせて…」 「気にしないでください」 「なあ、京平。何か飲むものあるか?」 「ああ、はい。折角ですから皆お昼食べてくか?」 「えっ、いいんですか?」 「手伝ってもらったからな。少しくらい礼をする」 「じゃあ俺パスタがいい」 「東には遠慮の二文字はねえな」 「パートナーに遠慮してもしょうがないっしょ?」 「皆パスタでいいか?」 「俺は構いません」 「俺もいいぜ」 「構わん」 皆意見はパスタで見事に一致。 「じゃあ俺は買い物してきますから適当にくつろいでいて下さい」 「京君、1人で平気?」 「大丈夫だよ。姉さんは皆とゆっくりしてて」 京平、シスコン全快?で京華に笑いかける。 「じゃあ行ってくる」 「いってらっしゃい!」 京平が出て行くと京華は嬉しそうに皆に振り返った。 「今日はありがとうね皆!本当はね、皆と久しぶりにゆっくり話がしたいなと思って」 「京華さん…」 京華は今小さなホログラムだ。 移動できる距離だって限られてくるし、京平がいないと活動だってかなり制限されてくる。 それでもあの時知り合った彼らともっと話したかったから。 「本当の本当は雨丸に1番会いたかったんだけどねv」 「京香さん…」 ここでハートマークなんか飛ばした日には寿の威嚇がこちらにむかってくるだろう。 現に今だって威嚇一歩手前の状態なのだ。 「まあ、京君が戻って来るまでゆっくりしてましょ?」 たわいもない会話をしているうちにふと何気ない話題が上った。 「そう言えば京平先輩って昔はどんな子だったんですか?」 「どうしたんだよ、いきなり?」 「いえ、前に京華さんに見せてもらった昔の京平先輩があったじゃないですか」 「あの時のね」 「それで京平先輩の子供の頃ってどんなのだったのかなぁって思ったら想像つかなくて…」 「確かに想像つかねえなぁ」 「東なら簡単につくけどな」 「どういうことだよ班長」 「そのまんまの意味だよ」 もの凄く失礼なことを言っている気がしてならないが、敢えてここでは気にしないでおくことにする。 「…で話は戻るんですが、京華さんから見たらどんな子だったのかなって」 「京君の子供の頃かあ…」 「やっぱり今とは全然違いました?」 「そうねえ…。そうだ!おもしろいこと教えてあげようか?」 「おもしろいこと?」 「あの頃ね、私京君のこと大ッ嫌いだったの」 「ええっ?!」 あんなに仲いいのに?! 「クスクスクス、そうよ。本当に嫌いだったわ」 そう言うと京華は懐かしそうに話し出した。 「あれはそう、京君が生まれて3年位たった頃だったかしら…」 あの頃は初めて生まれた男の子ということで両親はとても喜んでいた。 始めの頃はまだよく分かってなかったせいもあって赤ん坊というモノがとても興味深かった。 でもいつからだったか、その赤ん坊ー京平ーのことを疎ましく感じだしたのは。 最初は何でもないことだった。 「ままぁ、ままぁ」 「ぁあー!ぇーあ!」 「京君いないないばあ!」 「きゃきゃっ」 「京君は可愛いわねえ」 「ままぁ!」 「はあい、京華ちゃんちょっと待ってね」 「あーあー」 「はあい、なあに、京君?」 「あー」 いつもは一番始めに構ってくれていた母親が弟にかまって全然こっちを見てくれなくなったこと。 「京君、パパだよ」 「あーあー」 「ぱぱぁ」 「えらいね、京君は!ちゃんとパパって言えるんだね!」 「ぱぱぁ!」 「京華ちゃんちょっと待っててね」 「あーあー」 「なにかなあ、京君」 いつもは京華もギュってしてくれるのに最近は全然してくれなくなったこと。 そして我慢できなくて叫ぶといつも言われるあの言葉。 「京華ちゃんはお姉ちゃんでしょう」 「京華ちゃんはお姉ちゃんなんだから我慢しなさい」 「お姉ちゃんなんだから」 「京君のお姉ちゃんなのに」 お姉ちゃんだから…、お姉ちゃんなのに…。 何かあると京華はおねえちゃん、京君はおとうと。 おねえちゃんだから我慢する。 おねえちゃんだからゆずってあげる。 お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん、おねえちゃん。 そんなのだったらおねえちゃんになんかなりたくない! 好きできょうくんのおねえちゃんになんかなったんじゃない! だったらきょうかはおとうとなんていらない! そう思った。 その思いは薄れるどころかどんどん大きくなっていって。 京平が優しくされる度、京華が構って貰えない度、どんどん京平が嫌いになった。 そしていつからか思ったのだ。 もしもきょうかがいなくなったらぱぱもままもきょうかのことさがしてくれるかな。 きょうくんなんてほっといてきょうかをみつけてくれるかな。 思う内に今度は試してみたくなった。 本当に最初はそんなものだったんだ。 そして意外にも機会はすぐにやってきた。 その日家族で近くのデパートまで買い物に行くことになったのだ。 相変わらず両親は京平に構ってばかりで京華のことを構ってなんかくれない。 だから気づかれない様にそっとその場を離れたのだ。 そこからは出来る限り早く走った。 折角ここまできたのだからここですぐに捕まっては意味がない。 「はあ、はあ、はあ」 デパートを出て走って走って、気がついたらそこは見たこともない住宅街だった。 「ぱぱもままもみつけてくれるかな…」 ここまで来て急に不安になった。 もしも見つけてくれなかったら。 本当はきょうかなんていらなかったら。 「ぱぱ…。まま…」 その時、いきなり後ろから音が聞こえてきた。 ぴこぴこ ぴこぴこ 何の音だろう? ぴこぴこ ぴこぴこ 近づいてくる! こういうときはなぜか迫ってくる音というのは嫌に不気味に感じられて。 ぴこぴこ ぴこぴこ だが、意外にも正体は拍子抜けするほどのものだった。 「きょーかちゃ」 そう、なんのことはない、京平の靴の音だった。 「なっ、なんでここにいるの!」 「きょーかちゃがどっかにとことこしゅるから」 「なんでついてくるの!」 「きょーかちゃがとことこしちゃから」 「そういうことじゃない!」 これじゃあぱぱもままもきょうかをさがしにきたのかわからないじゃない! なんでついてきちゃうのよ! なんでわらってるのよ! なんでそんなにうれしそうなのよっ! 「きょーかちゃ」 京平は嬉しそうに京華に近寄って行く。 「こないで!」 だが京平は不思議そうにするだけでなおも近づいてくる。 「こないでっ!」 ビクッ 「なんでついてくるの!なんでいつもじゃまするの!なんでぱぱとままとっちゃうのっ!」 京平は少し怖がりながらも近づいてくる。 「こないでったら!!」 ビクッ 「きょーかちゃ…」 「なきそうにしたってだめなんだから!きょうくんなんか、きょうくんなんかっ…!」 「きょ…」 「きょうへいなんかだいっきらいっ!!!」 「ぅえ、っえええええええん!!」 「きらいっ!きらい!きょうへいなんてきらいっ!!」 「ぅえっぇえええんっ!!」 多分まだ京平は言葉の意味を分かってはいなかったけど。 「きょうかのそばにこないでっ!」 そういって走り出した京華を泣きながら追いかけて来た。 「きょっ…かちゃっ…」 「こないでったらっ!」 「きょ…かっ…ちゃあ…」 言いようのない不安だけは確かにあった。 3歳の走るスピードなんてたかがしれているし、第一その気になればいつでもまけた。 そうして逃げているうちに、辺りはもう暗闇がおりてきていた。 いつもならこの時間は皆でご飯を食べている時間だろう。 だが今は、1人でここにいる。 ここはどこだろう。 あれから走り回っている内に全く知らない所に迷い込んでしまったらしい。 もう帰り道なんて分かるはずもない。 「ぱぱ…、まま…」 何でこんなことになったんだろう。 最初はただの嫉妬だった。 京平にばかり構う両親が嫌で、京平に両親が取られたみたいで。 ほんとうはきょうかなんていらないの? きょうへいがいればきょうかはいらないこなの? それがとても嫌だった。 「ぱぱぁ、ままぁっ…!」 ほんとはね、ただいってほしかっただけなんだよ。 きょうかはえらいねって。きょうかはかわいいねって。 きょうかはいらないこなんかじゃないって。 きょうかのことだいすきだよって。 そういってほしかっただけんなんだよ…。 「ひっく…ぅえっ…ひっ…」 涙はどんどん流れてきて、拭っても拭ってもどんどん溢れてきた。 この涙と一緒に嫌な気持ちも流れていってしまえばどんなにいいだろう。 京華は暫くその場に座り込んで泣いていた。 どの位たっただろう。 辺りはもう完全に暗闇が支配していた。 漸く止まった涙と、吹き付ける風でなんだか寒くなってきた。 「ぱぱ…まま…」 ぴこぴこ ぴこぴこ 「このおと…」 ぴこぴこ ぴこぴこ 「…ちゃ………きょ……ちゃ…」 ぴこぴこ ぴこぴこ 京華はまさかと思った。 絶対ついてきてなんかなかったはずだ。 でもこの音…。 だが京華の予想は的中していた。 「きょーかちゃ」 そこには置いてきたはずの京平が泣きはらして立っていた。 「きょーかちゃあ!」 京平は逃げる間もないほど素早く駆け寄ってきた。 「こないでっ!」 だが今度は京平は止まることなく京華にしがみついてきた。 「きょーかちゃっ…!きょーかちゃあっ!」 そう言って泣き出した。 余程先ほどまでが寂しかったのだろう。 京華だって怖かったのだ。 京平なんてもっと怖かったに違いない。 それでも必死に追いかけてきたのだ。 「きょーかちゃっ…!いなくなっちゃやっ…!」 「はなしてよ」 なんでおいかけてくるの。 「おいてっちゃやあっ…!」 「きらいだっていったじゃない…」 なんでついてくるの。 「きょーくんだけはやあっ!」 「なんでなのよお…」 なんできょうかをさがすの…。 なんでだか分からなかった。 嫌いだっていったのに探しに来たわけも、追い掛けてきたわけも。 でも…。 不意につながれた手はとても暖かかった。 「きょーかちゃあ」 そしてすがりついて泣く京平に言ってしまったことに少しだけチクリと痛んだ。 まだ理屈なんてよく分からなかったけど…。 震える京平を見た時に思ったの。 ああ、きょうくんをまもらなきゃ。 それは使命感なんて大層なものではなかったけど。 この子を守らなきゃってそう思ったんだ。 「きょーかちゃ」 「なに?」 「きょーくんとかえろ」 「…うん、かえろう」 途端思い出した。 そういえばここはどこだろう。 どうしよう…、おうちわかんない…。 京華の不安が伝わったのか京平はなんとなく泣きそうになった。 「きょーかちゃ?」 そして返事がないのが不安を煽りついにはまた泣き出してしまった。 「ぅえっ…」 京華は懸命に考えていた。 どうやったら帰れるだろう? どうやったら見つけてもらえるだろう? ただでさえ焦っているのに京平が泣き出したことでさらに焦り出す。 京華までも泣きそうになる。 ぎゅっ 不意に握った手がさらに強く握られた。 手から伝わる震えにしっかりしなきゃと思った。 ないちゃだめ!きょうくんをまもるんだから!きょうかはなかない!きょうかは…。 きょうかは『おねえちゃん』なんだからっ! その時だったのかもしれない。 初めてお姉ちゃんになったのは。 「結局あの後警官に保護されて事なき終えたんだけどね」 「そんなことがあったんですか」 雨丸をはじめ一同は俄に信じがたいといった感じだった。 「あの京平がねえ」 「シスコンは昔からかあ」 「クスクス、そうだったのよ」 あの後、巡回をしていた警官に保護され無事に帰ることが出来た。 凄かったのはその時。 連絡を受けた両親が泣きながら交番に駆けつけたのだ。 子供ながらにビックリしたのを覚えている。 それからギュって抱きしめてくれた。 ちょっと苦しかったけど、抱きしめてもらったのなんて久しぶりで凄く嬉しかった。 それで良かった、良かった、って繰り返す両親を見て、ああ、きょうかはここにいていいんだって思った。 たったそれだけのこと。 でもとてもとても大事なこと。 それからは少しづつ京平が好きになった。 今考えてみれば姉弟ってそんなものよねって思うわ。 でも子供の頃には分からないから不思議よね。 「京華さん?」 「えっ?な、何?」 「いえ、急に黙り込んじゃったからどうかしたのかと」 「ああ、ごめんなさい。つい懐かしくなっちゃって」 京華はいつの間にか思い出に浸っていたようだ。 「そうだ!この頃の写真があるんだけど見る?」 「あっ、見たいです!」 そう言って京華は嬉しそうに写真のメモリを映し出す。 「あっ、この先輩可愛いっv」 「京平こんな頃から京華にベッタリだったのな」 「なあ、この写真見てみろよ!」 思い出話はいつの間にやら京平の写真館状態だ。 「ほう。楽しそうだな…」 「わあっ!」 「京平!」 「い、いきなり出てくんなよな!」 「いきなりじゃない。っていうか何してるんだ」 「京君の写真を見せてるのよ」 「やっぱり姉さんの仕業か…」 予想はしていたもののあまりにもあっけらかんと言われては怒る気力もなくなってしまう。 「ほら、もういいだろう。お昼にしよう」 「あっ、手伝います!」 「その方が早えな」 「んじゃやりますか」 こんな時にはやたらと行動が早い一同。 その行動も何だか少しおかしかった。 「じゃあ姉さん、その写真のメモリしまっといて」 「わかったわ」 「用意出来たらこっちに呼ぶから」 そう言って笑う京平に不意に思い出した。 『きょーかちゃ』 『なに…』 『あのね』 あれはあの後京平が一番最初に言った言葉。 『きょーくんきょーかちゃだいしゅきっ!』 あの時そう言って笑った京平に京華は何も言えなかった。 「京君!」 京平は覚えていないかもしれないけど。 「何?」 あの時のだいきらいの訂正とだいすきのお返事を…。 「大好きよっ!」 これは本当の本心からの言葉。
今回のメインは京平&京華姉弟ですっ! この話も構想はずいぶん前に出来てたんだけどね…。 っていうか姉弟がいれば一度はこういうこと経験があるはず! これってある意味実体験です。 次は雨丸メインのシリアスか、寿メインの話が書きたい。