ねえ 呼んで

触れて笑って

私はここにいるよ




コトノハ




雨の音が聞こえる。

ザァ ザァ ザァ

雨の日は嫌い。

暗いし、ジメジメしてるから。

雨の日は嫌い。

イライラするから。

雨の日は嫌い。

…あの日のことを思い出すから。

いつもと変わらない特殊部交通課。

相変わらず雨丸は班長からのセクハラを受けつつ仕事をこなし、

京平は東がショートさせたパソコンのデータを復旧作業中。

もちろんイヤミは忘れない。

夏は夏で射撃場で訓練をし、優菜とサムは午後のティータイムの準備中。

そんないつも通りの穏やかな日だった。

雨が降っている事を除いて。

「班長、この書類の確認お願いします」

「おお、これで良いぞ。ご苦労さん」

「ぎゃ!班長何度も言いますけどそれはセクハラー!!」

「悪ィ、またデータ飛ばしちまった」

「はぁ、またか。お前ちょっとはパソコンの使い方考えたらどうだ」

「だっから謝ってんじゃんよ」

「それで謝ってるつもりか。全くこの機械音痴め」

ガヤガヤ ザワザワ

いつもだったら騒がしいこの喧噪も今はすり抜けていってしまう。

寿はただ何かを考えていた。

どの位たっただろう。

気が付くと辺りは不気味なほどに静寂に包まれていた。

「ここは」

一言発すると分かる。

やけに音が辺りに響いた。

「皆?」

これは、夢…?

辺りはなんの音もない静寂が支配している。

「…この音は」

だがよく聞くと何かが聞こえてきた。

…ァ ザ…ザ ザ…ァ

「雨の音?」

そう確信した瞬間に辺りはあの風景に変わっていた。

「………ッ!」

思い出したくない、もう見たくないあの光景。

雨が降りしきる中での任務。

彼らがいなくなった日。

彼女が…、彼女がいなくなった日。

「ど…して……」

またここにいるのだろう。

辺りを見回す。

その時だった。

「危ない!」

振り返ると彼女が銃弾に倒れるところだった。

「い、いやぁっ!」

無我夢中で駆け寄った。

「やめてっ…。やめてぇっ!」

だがどんなに叫んでも銃弾は寿をすり抜け容赦なくパートナーに降り続く。

昔の寿はただ叫ぶだけしか出来なかった。

「どうしてっ、どうして触れないのっ…」

今の寿は、過去の彼女に触れることさえ叶わない。

過去の映像はただ流れていく。

例えどんなに見たくないと思っても…それは聞いてはくれない。

ただ過去を映すだけ…。

「いやぁ…」

涙で前が見えなくなってもその映像だけははっきりと見えてしまう。

「いやぁっ!」

どうして触れないの?

どうして抱き起こすことが出来ないの?

どうしてっ…。

彼女は逝ってしまうの?

周りが真っ暗になった。

今まであった映像も雨もなにもない。

ただ降りしきる雨の音だけが聞こえていた。

………

「だ…れ……?」

………き …と…き ……ぶき…

「呼ん…でる?」

ーことぶき…ー

「私を呼んでる」



















「寿」

「………ん」

「駄目だよこんなとこで寝てたら。風邪ひくよ」

気が付くとそこはいつもの交通課だった。

どうやら寝てしまっていたらしい。

「皆は…?」

「任務に行ったよ」

「えっ?!」

サラッと言っているが実は凄い事を言っていると気づいているのだろうか。

「そんな、じゃあなんで雨丸はここに?」

「班長の命令だよ。今回はそんなに大変な任務じゃないから班長たちだけでいいって」

「でも…」

雨丸は班長のパートナーなのに。

「そのかわり俺は別の任務を任されたんだ」

「別の任務?」

「うん。って寿真っ青だよ?!大丈夫?」

「えっ…?」

言われて机の近くの鏡をのぞき込む。

映った寿は部屋の暗さを差し引いてもとてもじゃないが大丈夫な様には見えない。

…きっとあの夢のせいだ……。

「班長が起こしに行った時にも随分魘されてたし」

「…大丈夫……」

「それに寿最近ろくに眠れてないんでしょう?」

「え…?」

気づいてた?

確かに最近は雨続きで夢見が悪くて。

寝てもあの夢ばかり見て飛び起きた。

だからなかなか眠れなかった。

…ううん、眠るのが怖かった。

彼らに会えるのは嬉しい。

例え夢の中だって会いたかった。

でも夢はいつもそこでは終わってはくれなくて。

彼らがいなくなるその時まで夢は覚めてはくれなかった。

だから怖かった。

彼らがもういないのは分かっている。

だけどあの夢は改めてそれを思い知らされるみたいで怖かった。

掴もうとしても掴めない。

それがあんなにももどかしいものだとは思わなかった。

「寿?!」

「え…」

「どうして泣いてるの?」

「…泣いて……」

頬を触ってみる。

すると濡れていることに初めて気づいた。

気づくと涙は溢れるばかりで拭っても拭ってもまた新しく手を濡らした。

「寿」

そう言って雨丸が触れた箇所。

…あったかい……。

「何があったのか言いたくないならそれでいいよ」

暖かい、暖かい手。

触れた箇所から雨丸の熱が伝わってくる。

とても安心出来る。

言いようのない不安が解けていく。

「………夢を…見たんだ…」

「夢…?」

「あの日の…皆がいなくなった日…の夢…」

雨丸は静かに聞いている。

「いつも彼らが撃たれたところで…飛び起きるんだ……」

「それで…眠れなかった?」

コクリと寿は頷く。

「たぶん…雨のせい」

「雨?」

「あの日も……雨だったから…」

「それで…?」

もうひとつの理由はたぶん…。

「…失いたくないから……」

「え?」

「…今が幸せすぎて…また失うのが怖いから…」

「寿…」

そうだ、怖いと思ったのはまた失ってしまうんじゃないかと思ったから。

今が幸せすぎて壊れるのが、壊されるのを恐れているから。

だから夢を見る。

あの夢を見ると過去の不安と、今の幸せがとても怖く感じるようになる。

だから今がとても幸せだと実感できる。

いつからこんなに臆病になったのだろう?

いや、臆病なのは昔からか…。

そう思うと嘲笑が零れた。

「寿」

「何…?」

「寿は今幸せ?」

「…うん」

「良かった」

え…?

「寿が今幸せだと感じていて」

…幸せって感じているのが良かった?

「昔の事はなんて言っていいのか分からないし、…何か慰められるとも思ってはいない…」

「………」

「でも今は、これからのことは寿のこと支えることも出来るかもしれない」

これから…。

「そう考えると少しは楽にならない?」

そうか…。

昔は、過去はどんなに思っても変えることは出来ない。

でも今は、これからはいくらでも変えていける。

自分が弱かったと嘆くより、彼らが助けてくれた事に感謝しよう。

彼らが助けてくれたことは変わることはない。

でも弱かった自分はこれからいくらでも変えていける。

そう考えると少し気が楽になった気がした。

「………うん」

「良かった」

雨丸の手に触れて暖かさにここにいるんだって実感できる。

「雨丸」

「何?」

「名前…名前呼んで」

「………ことぶき、コトブキ、寿……」

優しい音色が染み渡る。

私はここにいてもいい。

そう思える。

「雨丸…」

いつの間にか雨は止んでいた。

「何…?寿」

空は晴れ渡る。

「ありがとう」

光が差し込んだ。


















ねえ 呼んで

触れて笑って

ここにいてもいいんだよね


















私大好きです。 好きだから結構贔屓してます。 ってかネタが前回とかぶってるよ。 寿がかなり贔屓されてます。 雨丸も好きだから贔屓です。