Deprived room 「リナリー?」 「あっ、アレン君」 滅多に人の通らない所で、珍妙な面持ちの彼女に出会った。 「何かありました?」 余りにも場に不似合いな表情の彼女に何となく聞いてみる。 「えっ?!な、何で?」 「いや、なんか随分と思い悩んでいた様だったので…」 「えっ…。べ、別に何でもないわよ?」 そうは言うがどうにも何でもない風ではない。 ここでふとアレンは1つのことに思い当たった。 「もしかして…、ラビと何かありました?」 ギクッ 「………」 思わず噴き出しそうになる。 リナリー、分かりやすいよ…。 「当たり…ですか?」 「アレン君…、そんなに私顔に出てた?」 当てられたのが悔しいのか恥ずかしいのか、どうして分かったのとでも言いたげな目で見てきた。 「クスクス、だってリナリーがあんまりそういう顔することってないですから」 「………?」 「この間もラビのことで同じ様な顔してましたし」 「ッ///」 「僕で良ければ話くらいは聞きますよ?」 暫く沈黙が続く。しかし、その沈黙もそう長くは続かなかった。 「……アレン君……」 「はい」 「話…、聞いてくれる?」 「はい!」 こうして彼女のお悩み相談室は始まった。 一方その頃、もう一方の当事者ことラビは教団の中を必死に探し回っていた。 「あっ〜!もうっ!!一体どこいっちまったんさ〜…」 探す相手はもちろんリナリーだ。 「なんでいきなり消えちまうんだよ…。俺、何かしたか?」 突然前触れも無しに何処かへ消えていってしまったリナリー。 ラビは訳が分からず、しかし放ってもおけないのでひたすらに探すしかないのだ。 食堂、談話室、科学班の研究室、リナリーの自室、後は会う人にリナリーを見ていないかと聞き回って。 だが、結局思い当たる所をすべて回っても彼女はいなかった。 「………もしかして…」 ふとラビは思い付き、ある場所を目指した。 「で、何があったんですか?」 「………アレン君は、私とラビが、…その……、つ、付き合ってるって、知ってるよね?」 「はい」 アレンの部屋までやって来た2人は取りあえずお茶でも飲みながら、と向かいに座っていた。 2人が付き合っているのは他の科学班の人やファインダーの人から聞いていたので知っている。 なぜならラビが会う人会う人惚けていくものだから、皆嫌でも知ってしまうのだ。 かくいう自分も散々惚けられたが…。 あっ、思い出したらムカついてきた…。 確かにリナリーが可愛いのは認めよう。いや、それは教団内の誰もが否定は出来ない。 否定などした日には確実に血の雨が降るだろうから。1部の色ボケ兎やバイオレンス超シスコン兄貴によって。 「でも、それがどうかしたんですか?」 「………今日の朝のことなんだけどね…、食堂に行く途中でラビに会ったの」 リナリーが少しずつ口を開く。 「それで今日は2人とも休みだから街にでも行かないかって誘われたの。久しぶりに行こうって」 そう、それは嬉しかったのだ。お互い任務続きで最近ろくに外出もしていなかったから。 何より普段なかなか恋人らしいことも出来ないので、久しぶりのデートだって張り切ってたのに………。 それなのに彼には違ったのか。 「街に行くまでは良かったの。ううん、街に入ってからもお昼までは良かったのよ…。なのに…」 街に着いてからは、色々なお店を回ったり、出店でジュースを買ったり。 端から見てもそれは普通のデート風景だった。しかし…。 『なぁ、リナリーそろそろ腹減らね?』 『あ、もうそんな時間なのね。じゃあお昼にしましょうか』 『あっ、あそこはどうさ?』 『いいんじゃない?』 『じゃあ行くさ!』 そう言ってリナリーを引っ張って行く。 入った店は決して高級店という訳ではないが、普通に食事をするには充分なところだった。 だが、この店がいけなかったのか。中にはなんと女のリナリーから見ても美人と言いたくなる様な女性が働いていたのだ。 しかし、ラビは何も言わなかったので大して気にすることもなく食事を終えた。 会計を終えて店を出た瞬間、そう、この発言が問題だったのだ。 心なしかぼっ〜、としている彼に声など掛けなければ良かったのか。 『ラビ?どうしたの、ぼっ〜として』 『…さっきの女の人綺麗だったなぁ〜v』 『………は?』 今、なんて言った、この男は? 『あの綺麗なブロンドの髪!そして透き通る様な白い肌!なんと言ってもスタイル抜群!』 完全に一目惚れオーラ全開の彼に思わず開いた口が塞がらない。 しかし、暫くして正気に戻った時に今度こみ上げてきたのは確かな怒り。 『ラビ………』 明らかに怒りの含まれた口調の彼女に彼は思わずビクッとなった。 『リ、リナリーッ!あっ、いや、その、別にお前が可愛くないとかそんなんじゃなくて!!』 『………』 『ただ、その、ほら、あれ、なんだ、あの人が綺麗だったからつい!』 話す度に墓穴を掘っていることに彼は気付かない。 デート中に他の女性に見惚れるなんて…。 『………ラビの馬鹿』 『えっ?』 『ラビの馬鹿ッ!ラビなんて嫌いよっ!!』 『ちょっ、リナリー!!』 そう怒鳴ると、居たたまれずその場を逃げる様に駆けだした。 「その後、結局教団に戻って来ちゃったんだけど…。ラビに見つかりたくなくて……」 「それであんな所に居たんですね」 彼女はコクンとだけ頷いた。 そして暫く考えた後、アレンは唐突に言った。 「………それはラビが悪いですよ」 「え…?」 「女性とのデートの最中に他の女性に見惚れるなんていくら何でも失礼過ぎますよ! リナリーじゃなくても怒って当然です!!」 「そう…かな?」 「そうですよ!ラビはいい加減あの惚れっぽい癖直した方がいいです!リナリーっていう可愛い彼女がいるくせにっ!」 最後の方は何となく八つ当たりな気がしないでもない。 リナリーは余りにも力説するアレンに思わず笑みが零れる。 「クスクス、アレン君」 「はい」 「ありがと」 そう言って可愛らしい笑顔を向ける。 思わず顔が熱くなる。 ラビは馬鹿だ。こんなにも可愛い彼女がいるのに…。 「ラビは本当に馬鹿だ…」 「…ええ、本当にね。……でも」 一端区切ると下を向き、何かを考えている。そして何かを決心したのか顔を上げるとこう呟いた。 「…私も言い過ぎたかなって思ってるの…」 「えっ?そんなことないですよ!」 「ううん、だってあんなに綺麗な人だったんだもの。ラビが見惚れても仕方ないわ…」 「リナリー…」 何でこんな風に思えるんだろう…。リナリーだって本当はラビに言いたいことたくさんあるんだろうに…。 「だから…」 「リナリー。………なんでそんなに我慢してるんですか」 「………ッ!」 「もっと言いたいこと、あるんじゃないですか?本当に仕方がないと思っていますか?」 「………」 「リナリーはもっと言いたいこと言っちゃてもいいと思います」 辺りを沈黙が包む。リナリーは俯いてしまっているので表情は見えない。 アレンも彼女が口を開くまで、あえて何も言わなかった。 「………本当は、…ラビが女の人に見惚れた時にすごく嫌だった……」 「はい」 「本当は…、一緒に出かけられるだけで嬉しかった…」 「はい」 「でも………、本当は………」 「………」 「…本当は私だけを見ていて欲しかったっ………!」 「はい………」 リナリーはポロポロと涙を流し始めた。アレンはそっと見ている。 優しい言葉は掛けない。今の彼女に必要なのは、下手な同情でも慰めの言葉でもないから…。 「………だそうですよ、リナリーの彼氏さん?」 「えっ………!」 そう言ってドアの方を見遣る。 だが、暫くしても一向にドアを開ける気配がない。 意地っ張りだな〜。よしっ! 「リナリー、ちょっと…」 「何?」 ドアの外では、ラビが入るかどうするか未だに悩んでいた。 「あいつ、いつから気付いてたんだ?」 最初から気付いていたとすれば自分の修行の足らなさか、はたまたアレンが上達したのか。 そんなことを考えている内に、中から声が聞こえてきた。 『リナリー………』 『えっ、ちょっ、アレン君?』 『いいじゃないですか、今更恥ずかしがるコトもないでしょう?』 『だ、だって〜』 ………何してらっしゃいますのことでしょう………? 思考回路が停止している間にも中の声は段々と放っておけない内容へと変わっていく。 ラビはさっきまでの悩みは何処へやら、思い切りドアを蹴破っていた。 バンッ 「あ、ラビ」 と、中に入ると目にした光景は想像とはかけ離れていて。 「何…、してるんさ……」 「何って…、リナリーの涙を拭いてあげただけですよ」 あっけらかんと言い放たれた言葉に、ラビは自分が嵌められたことに気がついた。 「…アレン、お前……」 「いつまでも入って来ないラビが悪いんですよ」 「それは………」 「全く、意気地がないですね〜」 そう言われても反論は出来ないのが悔しい。 「………さてっ、じゃあ後は当人達で話してもらいましょうかね。リナリー」 「えっ………」 「僕に出来るのはここまでです。後はリナリー次第、ですよ」 「アレン君…、……ありがとう」 「いいえ」 「リナリー………」 ラビに呼ばれて思わずビクッとなる。 思い沈黙がその場を支配する。 「取りあえず場所移そっか…?」 リナリーはコクリと頷くだけだった。 出て行く2人を見ながら、不意にアレンが声を掛ける。 「リナリー!」 リナリーは突然声を掛けられたので驚いてアレンの方を見る。 「ちょっといいですか?」 言葉と共にアレンはリナリーへと近づいて行く。そしてそっと囁いた。 「偶にはワガママ言ってもいいと思いますよ。ラビの本心が聞きたいならリナリーも本気で言いたいことを言わなくちゃ。 怖いかもしれないけれど、それが1番いいんだと思いますよ」 「アレン君…。………うん!」 「頑張って下さい」 そう言って頬に口づける。 「えっ………」 「おまじないですっ」 そして極めつけにほうけているラビに声を出さないで一言。 <<あんまり不甲斐ないと僕がリナリー貰っちゃいますよ?>> アレンはそう言うと、思い切り不適に笑った。 普通だったら思わず尻込みしてしまうが、今のラビに火を点けるには充分だった。 「やれるモンならやってみるさ…」 呟き程度だったが、しっかりとアレンには聞こえた様だ。 何となく悔しくて、リナリーの腕を引っ張り少々強引に部屋を後にする。 部屋に1人残されたアレンはポツリと誰にも聞こえない様に呟いた。 「これくらいやっても罰は当たらないよね…?」